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家族との永遠の別れ…愛犬「ケイ太」との思い出と決意

家族との永遠の別れ…愛犬「ケイ太」との思い出と決意

※昨年1月7日、実家にて撮影。

 俺の家族は、母と柴犬の「ケイ太」の2人だった。
 だが今月17日の夜、ケイ太が眠るように逝った。ちょうど15歳2ヶ月、人間で言えば76歳らしい。

 この記事は、気持ちを整理する為に書いた自己満足&オナニー記事である。
 その為、決して役に立つ内容ではないが、それでも良ければ読み進めて欲しい。

時間と共に、家族は必ず居なくなる


 俺が産まれた頃は、曾祖母(そうそうぼ:祖父母の母)・祖母・父・母の5人暮らしだった。兄弟は居ない。
 生前の曾祖母の記憶はほとんど無く、物心つく前にガンにより他界した。
 当時、ガンはもう助からないほど進行していたが、家族は『(本人が)知るほうが辛い』と考え、曾祖母にその事を最後まで言わなかったそうだ。

 父は各地の野生動物をカメラに収める、自然生態写真家だった。仕事柄、家に帰らない日は珍しくなかったが、大量の撮影機材や壁に飾られた作品を目にしながら育った俺は、そんな父を尊敬していた。
 ところが高校3年生の夏、父は他の女と浮気をして家を出て行った。悲観と幻滅…ただそれだけだった。
 母はその時に離婚を決め、以降父の行方も生死も不明だが、奇(く)しくも今の俺は父と同じ自営業をしている。

 祖母は4年以上前に、母とケイ太、親戚に見守られながら実家で静かに息を引き取った。
 俺は仕事を理由に、死に目には会っていない。だが、それは本当は嘘だった。
 人の弱っている姿、特に家族の死にゆく瞬間を見たくなかったのだ。衰弱する前の元気な姿を知るだけに、そのギャップに耐えられる気がしなかった。
 当時の行動に悔いは無い…が、産まれた時から世話をしてくれ、いつも優しかった祖母に最低な事をしたと思っている。

 祖母の死後に帰省した俺は、葬式を終えた後日、遺影を抱きながら霊柩車に乗った。
 火葬場に到着し、最期の別れを告げようと棺の中の祖母を見た時、強い衝撃を受けた。
 まるで、まだ生きているように綺麗な顔をしていたからだ。

 しかし、頬を撫でた時、その認識は間違っていた事を思い知る。
 頬は大きく窪み、肌は冷たく、体は生前より一回り以上も小さくなっていた。
 どこか現実味の無い姿の祖母に、

江川
お婆ちゃん、今までありがとう。ゆっくりお休み
と声を掛け、火葬へ送り出した。

 約1~2時間後、俺の目の前に「まばらな人骨」が現れた。仰向けの姿勢だけが、その骨を祖母だと証明している。
 遺骨を拾い集めている時、ここで初めて家族の死を実感し、確信した。
 家族は、時間と共に必ず居なくなる存在なのだと。

ケイ太は…今夜かもしれない…


 11月14日の朝、母からLINEが届いた。

おはよう。ケイ太が、ここ1週間ぐらいあまりご飯を食べず、心配しています。ずいぶん、弱りました。

 …覚悟はしていた。
 生きている以上、死もまた避けられない。
 人間だろうが動物だろうが、あらゆる生物には“その時”がいつか必ず訪れる。

 俺は大学を卒業して以降、毎年末に帰省するようにしていたが、その予定を繰り上げるかどうか悩んだ。
 理由は、祖母の時と同じだ。家族が弱っている姿を、目の当たりにしたくなかった。

 17日の朝、母から涙声でLINE通話が掛かってきた。

ケイ太は…今夜かもしれない…
 俺は思わず、

ケイ太(をビデオに)映せる?
と聞いた。

 まず画面に映ったのは、母の泣き顔だった。真っ赤な顔をしながら、目に涙を浮かべている。
 ケイ太との別れは最も辛いのだが、その事実を受け止めようとする母の姿もまた、心にズッシリと重く響いた。

うん、ちょっと待ってね…
 ケイ太は、実家の廊下で毛布を掛けられ、横たわっていた。
 9ヶ月前から後ろ足が動かなくなり、寝たきりの状態だとは聞いていた。ただ、その時は横になりながらもしっかりご飯を食べ、水を飲んでいた事も。

 しかし、画面の向こう側のケイ太はほとんど動かず、時おり、か細い唸り声を上げるだけだった。 
 頬も体も、昨年以上に痩せこけている。やはり、どこか現実味が湧かない…祖母の時と同じ光景だ。
 ただ1つ違うのは、顔が黒ずんでいる事だった。

 口が思うように開かないのだろう。
 母が水を含ませたガーゼを口元にあてがうと、それを懸命に口に含もうとしていた。
 目を背けたくなるほど、必死に…。

…ちょっとこのまま様子見てるから、また連絡する
うん…お願いします。ありがとう
 ビデオ通話を終えた後、俺は言い知れぬ虚無感に襲われた。

ケイ太1 ふと、ケイ太の写真を探そうとスマホのフォルダを眺めていた時、目を引いた物があった。

 今年9月18日、ケイ太が15歳の誕生日を迎えた時、母が送ってくれた写真だ。
 この写真を見た瞬間、突然視界がぼやけ始め、水分が何度も頬を伝った。
 ケイ太は、母と共に実家を守り続けてくれた紛れもない家族…そう痛感した。

15年間、本当にありがとう


 その夜、母から再度LINE通話が掛かってきた。

ケイ太…もう息があるのか、温かいのかも分からない…
 母は変わらず、目を腫らしながら泣いている。
 次に画面に映ったケイ太は、その母に抱かれており、動いているようには見えなかった。
 もう、今が“その時”だと思った。

 生きているのかどうかは分からないけれど、聞こえている事を信じて、

ケイ太、15年間本当にありがとう
とお礼を言った。
 母もまた、

よく頑張ったね、ありがとう…
と口にした。

 最期の姿を写真に遺そうかとも考えたが、それは止めた。
 俺の目に、ケイ太の安心したような顔が焼き付いているから。
 何より、後で見た時、また泣いてしまうだろうから。

今、親戚が向かってくれてるから、また連絡する
 そして翌日の早朝、ケイ太は母と親戚に見守られながら旅立った。

もう息もしてないし、このままにしておくのも可哀想だから…
…うん、俺もそれがいいと思う。母さんも、今まで世話をしてくれてありがとう
 ケイ太は、その日のうちに火葬される事となった。
 骨壺は今、祖母の仏壇に置かれている。

俺と同じアホだった、ケイ太との思い出


 中学3年生の15歳の頃、ふとしたきっかけでペットショップに入った俺は、初めてケイ太と出会った。
 キツネのような顔をしていた子犬が気になり、『必ず世話をする』という約束を交わし、半ば強引に両親に引き取りをねだった。

 家に着いた時、しきりにソワソワしていたその子犬に、俺は当時好きだったw-inds(男性ダンス&ボーカルユニット)の橘慶太から取り、「ケイ太」と名付け、室内で飼おうと決めた。
 そして、キツネ顔から柴犬顔に成長すると共に、ケイ太と家の周りを走る事が日課となった。

ケイ太8 ケイ太は、俺と同じようにアホだった。
 中々トイレの場所を覚えず、至る所にオシッコとウンコをした。高校生の頃には、朝に生温かさを感じて起きると、布団にオシッコを掛けられていた事もあった。
 スリッパやティッシュを咥えて、家中を走り回るのは日常茶飯事。動きが素早く、取り戻す事は一苦労だった。



 毎日の散歩から帰り、1階の台所にあるペットケージに入れようとすると、家族だろうが唸り、容赦なく手を噛んだ。その度に俺たちの手は赤くなり、歯形が残った。
 そんな気性だから、基本的に常に首輪とリードを付けていた。寝る時には首輪を外してあげるのだが、ケージに戻りたくないのか、リードの手持ち部分を咥え、捕まらないように逃げ回る事も珍しくなかった。

 そして、極度の人見知りでもあった。
 散歩中、他の犬や猫が通ると常に相手側に吠えられ、その度に背中を丸めて怯えていた。
 そのくせ、ケージに戻そうとすると唸りながら噛み付く、典型的な「内弁慶外地蔵犬」だ。
 しかし、親戚や他人には吠えるが、家族には絶対に吠えない…そんな犬だった。

 家族が帰宅すると、歓喜の声を上げながら尻尾を振り、一目散に飛び付いた。
 その出迎えは、俺が上京して大学に通い始めてからも変わらなかった。年末だけにしか帰省しないというのに、俺の事は必ず覚えていた。

 祖母が亡くなった頃からだろうか。寂しいのか、しきりに夜鳴きをするようになった。
 母が会社に行く間、ケイ太は家に残らなければならない。
 その上、祖母はもう居ない。俺が帰っている時以外は、たった1人の留守番だ。無理もなかった。

ケイ太2 ケイ太3  その為、寝る時だけは、母がケイ太を1階のケージから2階のソファーへ移す事にした。
 そうすると、いつも安心したように眠りに就いた。

ケイ太4  俺は帰省時、母と共に2階で布団を敷いて寝るのだが、その度に俺の布団に潜り込もうとし、そのまま一緒に眠る事も多かった。

ケイ太5  そんなケイ太も14歳になると、徐々に衰えが見え始めた。
 後ろ足が不自由になり、昔町内を1週した散歩は、家の前を少し歩くだけになった。
 母が散歩を終え、玄関のドアを開けようとしたほんの一瞬の隙に、ケイ太が居なくなった事もある。その時は近くの交番に保護されており、無事に帰って来た。

 また、猛烈な痒みに襲われるようになり、体をしきりに揺さぶったり、前足で目の周辺やお腹をかきまくった。
 その度に、母が病院に連れて行ってくれた。

ケイ太6 ケイ太7  今年の2月頃から、ケイ太は後ろ足の自由が完全に利かなくなり、寝たきりの生活となった。
 それでも母が仕事から帰宅すると、横たわったまま相変わらず叫ぶように喜んだ。
 俺は年末に帰る予定だったが、もし生きていたなら、やはりその出迎えがあっただろう。

 ケイ太は、父が家を出て、祖母が亡くなってから、1人になった母をずっと支えてくれていた。
 俺が居ない間、母の話し相手になり、寂しさを忘れさせた。ケイ太が居なければ、母は孤独そのものだっただろう。
 もちろん、俺も同じだ。その存在に、幾度となく温もりを感じていた。

 だが、もう一緒に散歩をする事は出来ない。
 あれだけ家族に吠え、噛み付いていた口も開かない。
 これから帰省した時、出迎えの声も…二度と無い。

 俺は17日夜の事を、生涯忘れない。
 ケイ太が母を守ってくれた分…いや、それ以上に今度は俺が守る。
 15年間よく頑張ったね。一緒に居てくれて、本当にありがとう。

自分が苦しむならいい。まだ生きていられるのだから


 ケイ太の死後、空虚感に襲われながらネットを眺めていた時、こんな文言が目に留まった。

1人で死ぬ方がきっと辛く悲しいです。

死ぬのは貴方様じゃない、お父様。

今このときも痛みや孤独、悲しみをジッと耐えているのです。


貴方様が苦しむ分ならまだいいじゃないですか。まだ生きていられて、笑える日がくるのだから。

出典親の死に目に会いたくないです。父親が余命わずかなのですが、死に目に会いたくありません。

 胸を打たれるようだった。
 俺は「弱っている姿を見たくない」という理由から、家族の死に目に会う事を避けてきた。
 だが、それは非常に自分勝手な行為だと思い知らされた。

 祖母が亡くなる時、そしてケイ太が旅立つ時、俺は『最期を看取る』という悲しみと責任を、母や親戚に押し付けたのだ。
 何より、家族として当然の義務から逃げ出していたという事を。
 気付くのが遅すぎて、情けない限りである。

 考えたくはないが、母にもいつか訪れる“その時”…隣に子である俺が居なかったら、どんなに辛く苦しいだろうか。
 万が一、俺にその時が来たとして、母が見守ってくれなかったら、どんなに心細いだろうか(無論、母より先に逝くつもりは毛頭ない)。
 だから、せめて母の最期だけは、真っ先に駆け付け、手を握り締めようと決めた。

 だが、俺は祖母とケイ太の死に目に会わなかった事を後悔はしていない。
 悔いは無意味だから。過去を振り返っても、何も変わらないから。
 大事なのは、これからどうするかだ。

 亡き家族に捧げられるとしたら、遺された者が健やかに、胸を張って生き続ける事なのだと思う。
 それなのに、今の俺は何をしている?
 メインブログの収入が激減してなお、ロクに仕事をせず、毎日をダラダラと過ごしている。
 この姿を見た祖母とケイ太は、さぞ失望している事だろう。

 俺が今すべき事はなんだ?目的はなんだった?
 メインブログを更新しつつ、【エガブロ】で読者の役に立つ情報を提供し、その上で新たな収入源にする事だ(ただし、この記事に広告を貼るつもりは一切無い)。















 ならば、とにかく手を動かせ。常に必死になれ。






























 堕落した今の自分に、終止符を打て。前を向いて生きろ。このダメ人間が。

最後に

ケイ太9
 あなたにとって、家族とはどんな存在だろうか?
 大切な思い出を共有できる一方、口うるさく叱られた時は憎らしいと感じるかもしれない。
 しかし、失った時は、生前より一層『かけがえのない存在』の大きさに気付く。

 家族との別れは、とても辛く、悲しく、心に突き刺さる。それは、長年寄り添ったペットも同様だ。
 もしかすると読者の中には、俺と同じように「家族の死に際を見たくない」と言う人が居るかもしれない。
 だが、“その時”は安らかに訪れるとは限らない。

 例えば、突然の事故・事件などが起こり、死に目に会いたくても会えなかったり、災害が発生した場合は、遺体すら発見されないケースも少なくない。実際、そうした苦境に立たされた遺族は大勢いる。
 にも関わらず、最期を看取る権利を放棄するとは、どれほど愚かな選択なのだろう…少なくとも俺はそう痛感した。

 家族と過ごせる日常を噛み締め、後悔の無いように行動して欲しい。
 俺のような親不孝者にならず、あなたが胸を張って生きられる事を切に願う。

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コメント&トラックバック

  • コメント ( 1 )
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  1. クラウドフレアの記事から流れてきました。
    役に立つ記事を書いてくださりありがとうございます。

    記事を読みながら泣きました…。
    家族の死を思い出しました。
    ケイ太くんはお星様になって温かく見守ってくれていますよ。

    だって素敵な心を持ったブロガーさんなんですもの。

    思い出や過ごしてきた日々は、江川様の宝物です。決して消えませんから、鏡をみて笑って、たくさん泣いてください。

    苦しくなった時、少し楽になりますよ。

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